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5月15日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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5月15日ライマン・フランク・ボーム

5月15日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

AR(拡張現実)のパイオニア『オズの魔法使い』の作者

『オズの魔法使い』の作者はライマン・フランク・ボームです。

近年、AR(拡張現実)という言葉を耳にする機会が多くなってきました。ARとは何?を簡単に説明する一例として、「ポケモンGO」をあげます。

スマホから専用のアプリをダウンロードし、GPS機能を活用し町歩きをしているときに、ポケモンが出現、スマホをかざすと現実世界にポケモンがいるように見える、この技術がARです。

 

ライマン・フランク・ボームに何の関係があるの?と思いますよね?
拡張現実の初期のアイデアと言われているのが、1900年くらいに、ライマン・フランク・ボームが考案した「キャラクター・マーカー」です。

確か記憶では、『オズの魔法使い』は、魔法使いはいなくて、おじいさんが装置を操って、魔法使いがいるように見せかけていたという話だったと思います。

技術的なものは、声の変声器くらいのものだと思いますが、あたかも現実世界にいるように見せるという意味では、確かに拡張現実のパイオニアと言っていいかもしれません。

ARについて知りたい方は、AR三兄弟の川田 十夢さんの著書などをおススメします。

 

ライマン・フランク・ボームはどんな人?
1856年5月15日~1919年5月6日  職業:児童文学作家・ファンタジー作家
出身:アメリカ

 

裕福な家に生まれますが、幼少の頃は病弱であったため、身体を鍛えるために12歳で士官学校に入ります。合わなかったのか?2年で戻ってきてしまいます。父親に簡易印刷機を買ってもらい、10代のときにすでにライマン・フランク・ボーム発行の同人誌(学校新聞みたいなもの)を自作していました。興味深いのは広告が入った本格的なものだったようです。

今で言う自分メディアみたいなことだと思います。20歳の頃から養鶏ビジネスを始め、そのノウハウを出版します。今風の人ですよね?

 

演劇にも興味があり始めますが、興行に失敗し何度も破産寸前に陥っています。(ライマンが24歳の頃)息子の窮地を知った父親が劇場を建ててくれたので、ライマンは劇場で上演されるお芝居の脚本家として活躍を始めます。順風満帆かと思いきや、巡業している間に劇場で火災が発生し、建物も脚本も焼失してしまいます。

そこで、ライマンと妻は新天地に引越し、お店を始めました。しかし商才は乏しかったようで破産してしまいます。得意なことを活かし、地方新聞にコラムを寄稿し、日々の生活を送っていましたが、35歳のときに新聞社が破たんし失業します。

雑誌「イブニング・ポスト」に再就職しますが、それだけでは生活は出来なかったようで、セールスマンとしても働いています。忙しい日々を送っていましたが、『マザー・グーズ』を小説化+ヒットしたので、セールスマンをやめて、作家として活躍を始めました。

 

44歳のときに、『オズの魔法使い』を発表し、児童文学のベストセラーになります。

大好きな演劇のための情熱は生涯変わらず、ミュージカルに出資しては失敗を繰り返し、最後は借金で首が回らなくなり、無一文でした。

 

63歳、脳卒中で倒れ最後に言った言葉が有名です。

Now we can cross the shifting sands.
今、あの飛砂を渡ることが出来る

この意味は、『オズの魔法使い』の設定で、オズという国の周りにある砂漠を指していたのではないか?と言われています。

 

5月15日 ライマン・フランク・ボーム

 

きっかけ:

拡張させたいものはなんですか?

 

同年の1856年生まれの人 参考

 

ヴィルヘルム・ハマスホイの静寂な室内画

ハマスホイと同時代の画家 参考

 

西洋美術

 

ハマスホイはどんな人?

1864年5月15日~1916年2月13日 職業:画家
出身:デンマーク

 

代表作:

  • 読書する若い男のいる室内
  • 背を向けた若い女性のいる室内
  • 白い扉、あるいは開いた扉
  • 陽光、あるいは陽光に舞う塵
  • 休息

 

https://pin.it/ou2hsywjus6wc6

 

裕福な家庭に生まれ、8歳頃からデッサンの個人指導を受け、15歳の頃から王立美術学校で学びます。21歳の頃、妹のアナを描いた肖像画を出品しますが落選します。モノトーンの色彩、生活感のない空間表現、独特のタッチは美術評論家の間では物議を呼んだようですが、初期の頃から作風が変わっていないということが分かります。

生涯、暮らしていたアパートの室内画と妻イーダの後ろ姿を繰り返し描いています。生前はあまり評価されなかったようですが、町で歯医者を営む人物が美術コレクターで、ホイッスラーの後援者として支援していたようです。

亡くなる数年前から少しずつ、ヨーロッパ各地で個展が開催されるようになり、認知され始めたかと思いきや、死後は急速に忘れさられ、20世紀末に再評価されました。全く生活音を感じさせない静寂な空間に魅了される人も多いようです。

 

同年の1864年生まれの人 参考

 

三越やカルピスなど杉浦非水のデザイン

1876年5月15日~1965年8月18日 職業:グラフィックデザイナー
出身:日本(愛媛県)

グラフィックデザイナーという言葉が日本で使われていなかった時代、画家が図案を制作したり、図案を専門にする図案屋という職業の人がいました。杉浦非水は商用美術の先駆けで、日本のグラフィックデザイナーの礎を築いた人物と言えると思います。

 

https://pin.it/mjss5s4ldgl4di

 

同年の1876年生まれの人 参考

 

建築家 村野藤吾の建物

1891年5月15日~1984年11月26日 職業:建築家
出身:日本(佐賀県)

代表する建築:

  • 宇部市渡辺翁記念会館
  • 兵庫県尼崎市役場
  • 高島屋東京店
  • 現 ビックカメラ有楽町店本館(旧読売会館)
  • 日生劇場

 

村野藤吾氏が設計された建物で、実際に行って見てみたいと思っているのが、新潟県糸魚川市にある谷村美術館です。砂のお城のようで、フォトジェニックです。

同年の1891年生まれの人 参考

 

ファッション写真家のパイオニア!?リチャード・アヴェドン

1923年5月15日~2004年10月1日  職業:写真家
出身:アメリカ

ファッション写真という分野で、ファッションブランドとコラボして成功をおさめました。リチャード・アヴェンドンが写真家を志したときに自分の売り込みとしてやっていたことが、興味深いです。

高級衣料品店に無料で広告写真を撮らせてもらえないか、撮った写真をエレベータ内に貼らせてもらえないか掛け合い、ちょっとずつ認知してもらうという方法です。今では使えない手法かもしれませんが、無料だったらいいよ…と言ってくれる場合もあるかもしれません。

 

国旗や地図がアートに!?ジャスパー・ジョーンズの作品

1930年5月15日 職業:画家
出身:アメリカ

ジャスパー・ジョーンズの「パン」という作品が、本日お誕生日のハマスホイのモノトーンと静寂感に類似するものがあると個人的に思っています。

「ジャスパー・ジョーンズの食パン」という名前で食パンを看板商品にしているパン屋があったら心躍ります。誰かやってください!

 

代表作:

  • 地図
  • 4つの顔のある標的
  • ペイントされたブロンズ

 

https://pin.it/2ykew432245la2

 

黒い背景に食パンがポンと置いてあるだけなのに、それがアートになる理由ですが、時代背景と作者が関係しています。ジャスパー・ジョーンズはネオ・ダダとポップアートに分類されている画家で、戦後の1950年代に代表作の「旗」などを発表しています。

1940年代は、ジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、ウィレム・デ・クーニングなどの抽象表現主義の作家たちが活躍しました。抽象表現主義は分かる人にだけ分かればいいみたいなところありますよね…?

抽象表現から派生して、意図していることは深いですが、草間彌生さんやイヴ・クラインがやっていたような皆が楽しくなるハプニング、パフォーマンスアートなどが登場しました。

ネオ・ダダもそのくらいの時期、1950年代終わりから1960年代にアメリカや日本で起こった美術運動の一つで、抽象表現の派生でもあり、ポップアートの前段階という位置づけです。なので、印刷物や日用品などの消費されるものを素材に使っているのが共通しています。

そのなかで、ジャスパー・ジョーンズが特徴的なのは、皆がよく知っているもの、アメリカの国旗、地図、ダーツの的、数字、アルファベットなどをモチーフにすることで、親しみやすさをもたせつつ、本来の意味を削いでアートとして見せるという手法で、美術界を驚かせました。

 

同時代の芸術家

 

「地図」という作品で使われたのは、古代の絵画技法であるエンカウスティーク(蜜?で描き、焼き付ける)です。描くための道具にこだわることで、作品として成立させるというのも、アーティストならではだと思います。

エンカウスティークに類似すると思うのが、布に描けるクレヨンでアイロンで定着させます。

 

同年の1930年生まれの人 参考

 

伊丹十三監督の映画

1933年5月15日~1997年12月20日
職業:映画監督・俳優・エッセイスト・商業デザイナー・イラストレーター
出身:日本(京都府)

代表作:

  • 『マルサの女』シリーズ
  • 『お葬式』
  • 『タンポポ』
  • 『スーパーの女』
  • 『マルタイの女』

映画『タンポポ』は、ジョン・ファヴロー監督が『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』を制作する際に影響を受けた映画と言われています。

映画監督のイメージが強いですが、最初から映画監督としてスタートしたわけではありません。大学受験に失敗、映画会社の東宝の編集部に就職します。広告のポスターや本の装丁などを手掛けるそこから商業デザイナーとして活躍する一方で、演劇学校で学び俳優としても活躍、51歳のときに映画監督に転身しました。

なので、映画監督としてのキャリアよりもデザイナーなどの方がキャリアとしては長いです。イラストもすごく素敵ですが、『伊丹万作全集』の明朝体、これ手書き?と思うくらい美しい字です。多才で、凝り性、マルチクリエイターとして活躍した伊丹監督の遺業を記念した「伊丹十三賞」は2009年に創設されました。

歴代の受賞者がほぼ日の糸井重里さん、タモリさん、森本千絵さん、池上彰さん、リリー・フランキーさん、是枝裕和監督、星野源さん、磯田道史さんなどなどそうそうたるメンバーです。

ノーベル賞作家の大江健三郎さんは2歳年下で高校が一緒、伊丹十三さんの妹と結婚したため、義理の弟です。

 

http://itami-kinenkan.jp/

 

同年の1933年生まれの人 参考

 

5月15日 今日は何の日?365日のきっかけ

国際家族デー

1993年9月に制定された国際デーの一つです。

沖縄本土復帰記念日/沖縄復帰記念日

太平洋戦争後、アメリカの施政権下にあった沖縄が1972年5月15日午前0時をもって日本に返還されたことに由来します。

ヨーグルトの日

ヨーグルトを研究したロシアのイリヤ・メチニコフの誕生日にちなみ、明治乳業(現:明治)が制定しました。

イリヤ・メチニコフ
1845年5月15日~1916年7月16日 職業:微生物学者・動物学者
出身:ロシア

免疫食細胞説でノーベル賞を受賞し免疫学の研究の先駆けになった人です。老化は腸内腐敗により加速されるという説を唱え、ヨーロッパにヨーグルトが普及するきっかけを作ったことでも知られています。

青春七五三の日

「七五三」から半年後、10年経った17歳、15歳、13歳にエールを送る日です。

 

ストッキングの日

1940年にアメリカのデュポン社がナイロン製ストッキングを全米で発売した日に因みます。それまでアメリカのストッキング市場は日本の絹製の物で独占されていましたが、これ以降、ナイロン製の物が主流となりました。

 

Jリーグの日

1993年のこの日にヴェルディ川崎対横浜マリノスの試合を以て日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が開幕したことにちなみ、公益社団法人日本プロサッカーリーグが2013年に制定しました。

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、5月15日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!

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