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4月6日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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4月6日ラファエロ

4月6日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

ラファエロは完璧リア充!?ともいかなかった

同時代の画家・芸術家として名前があげられるのは、

  1. レオナルド・ダ・ヴィンチ
  2. ミケランジェロ
  3. ラファエロ

この3人(年齢順)は、ルネサンスの巨匠として名高いです。この3人の性格の違いについては語られることが多いですが、誰が好きですか?

  1. 顔・性格普通、仕事は適当、何でも屋で一発屋のダ・ヴィンチ?
  2. 顔・性格難あり、仕事はコツコツ、孤高のミケランジェロ?
  3. 顔・性格良し、仕事も私生活もリア充のラファエロ?

 

ラファエロは自分を含む上記3人を『アテナイの学堂(アテネの学堂)』のなかで描いています。この作品はラファエロが26歳のときで、ローマ教皇ユリウス2世から注文を受けて、古代ギリシャに活躍した哲学者をフレスコ画で描かれています。一度は教科書で見たことがあるのではないでしょうか。

中央で右手をあげて語っているプラトンはダ・ヴィンチがモデルです。ラファエロにとってダ・ヴィンチは絶対的な存在でした。ダ・ヴィンチをモデルにした哲学者プラトンは右手をあげ天を指し、アリストテレスは左手で地面を抑えるような手の動きをしています。この2人の概念や哲学を表していると言われています。

アリストテレスはミケランジェロ?と思いきや、画面の手前、一人で机に向かって何かをしているヘラクレイトス(暗い哲学者または泣く哲学者と呼ばれていた)がミケランジェロをモデルと言われています。おそらく、この絵のなかに描かれている哲学者のなかで誰とも関わっていない孤立したヘラクレイトスと、ミケランジェロの性格を重ねたのかなと思われます。

ラファエロは、端っこの方に顔だけだしていますが、誰とも対話をしている様子はなく、カメラ目線、端っこにいるのに一番目立ちます。この絵のなかの登場人物を俯瞰している存在のようにも見えます。仕事のなかにこういう面白い要素を入れることができる心のゆとりを持ち合わせている(当時)26歳、すごいですよね?

 

https://www.pinterest.jp/morichi123/raffaello-santi/

 

ラファエロ・サンティはどんな人?

1483年4月6日~1520年4月6日  職業:画家・建築家
出身:イタリア

 

同時代の画家 参考

 

 

西洋美術

 

ラファエロの父親は宮廷画家で、幼少の頃から絵を描くことが身近だったようです。しかし8歳のときに母親が亡くなり、11歳のとき父親が亡くなります。唯一の親族は父方の伯父で聖職者でした。

父親は亡くなる前に再婚していたので、義母と伯父は協力して、父親が運営していた工房を10代のラファエロが盛り立てられるようにしていたようです。

ですが全くの独学というわけではなく、地元のイタリアウルビーノの宮廷画家であった人物に弟子入りをして、修行を積んだのではないか?その後、放浪の旅をしながら最先端な美術を取り入れるため、フィレンツェ、ローマ、ヴァチカンに渡り、作風が確立していったと考えられています。

特に影響を受けたのがダ・ヴィンチで、ダ・ヴィンチが描いた『聖アンナと聖母子』を参考にしていたようです。

 

商売上手なラファエロ

ラファエロは、父親の工房を継いでいたこともありますが、工房には50名の弟子がおり、一人で制作をするというよりもチームで受注生産していたと考えられています。

37歳という若さで亡くなったにも関わらず、作品数が多いです。また弟子の育成にも力を入れていたため、ラファエロ工房の出身の画家は、ラファエロ亡き後も活躍しています。

それに対し、先輩のダ・ヴィンチもミケランジェロも基本単独なので、(ミケランジェロは人と上手く関係を築けない)一人で制作できる量は限られています。

ミケランジェロの場合、長生きして尋常ではない大作『システィーナ礼拝堂の天井画』に取り組んでいるので、一人でも偉業を成す人は成せるわけですね。

 

モテモテでリア充だけど、本命とは結婚出来なかった

知り合いや助けてくれる人が多く、仕事もうまくいっていたラファエロはリア充!?というだけでなく、最終的に生涯独身ではありますが、イケメンだったので多くの女性とお付き合いをしていました。

ですが本命のパン屋の娘とは結婚が出来ず、枢機卿の姪にあたる女性と婚約していました。婚礼をあげなかった理由として、ラファエロは野心家なのではないか?枢機卿の地位を狙っているのではないか?周りから言われていたことに嫌気がさしたとか、女性が早くに亡くなったなど、複数の説はありますが、大人の事情ということにしておきます。

男女の恋を見守る「天使」でよく見るラファエロが描いた『システィーナの聖母』のマリアの足元にいる頬杖をついている天使も、ラファエロの恋は見守ることしか出来なったようですね。

早すぎる死は、淋病?熱病?あまりよく分かっていませんが、体調を崩し、医者から適切な治療が受けられず亡くなりました。

亡くなる前に口頭の遺言として、遺産は結婚出来なかったパン屋の娘マルガリータに、工房の所蔵品を弟子に譲渡することを遺しています。多くの女性とお付き合いしても、最後には好きな人と信頼している人に残したいというラファエロの人柄は好感がもてますよね?

 

イタリアのチョコレートメーカー「フェレロ」の人気商品「ラファエロ」はそんなラファエロをイメージして作られたのか?ココナッツがついたお菓子です。 お好きな方も多いと思います。

 

4月6日 ラファエロ・サンティ

 

きっかけ:

充実していますか?

 

同時代の人 参考

 

ギュスターヴ・モロー

1826年4月6日~1898年4月18日 職業:画家
出身:フランス

 

同年の1826年生まれの人 参考

 

 

ルネ・ラリック

1860年4月6日~1945年5月1日 職業:ガラス工芸家・宝飾デザイナー
出身:フランス

 

 

 

同年の1860年生まれの人 参考

 

亀倉雄策の1964年 東京オリンピックのエンブレム

1915年4月6日〜1997年5月11日 職業:グラフィックデザイナー
出身:日本(新潟県)

 

グラフィックデザインという言葉も定着していなかった時代、戦後の日本のグラフィックデザインをけん引した一人として知られています。

前回の東京オリンピック(1964年)のエンブレムやポスターを手掛けたのが、亀倉さんです。オリンピック以外にも企業のロゴを多数手掛けています。今もよく見るものでは、NTTとNIKONのロゴが該当します。

 

2020年の東京オリンピックのエンブレムについて非常にもめましたが、市松模様のエンブレムでしっくりきています。

市松紋様の別名は石畳紋です。入り口から建物に向かう際に道しるべになる石だたみ、なくても人が通れば道筋がつきますが、雨でぬかるむと足がすくわれ、合った方がいいなと思うわけです。

 

同年の1915年生まれの人 参考

 

4月6日 今日は何の日?365日のきっかけ

城の日

語呂合わせ、4(し)6(ろ)「城の日」を財団法人日本城郭協会が1974年に制定しました。

北極の日

1909年4月6日にアメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界で初めて北極点に到達したことに因みます。世界史上初、南極に到達したのは、ロアール・アムンセンで、1911年のことです。

コンビーフの日

1875年4月6日、コンビーフのパッケージである台形の缶「枕缶」がアメリカで特許登録されたことに因みます。

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、4月6日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!

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